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本来あるべき場所に、まだ無い|私が期待値で人生を選んできた話

ヴィヴィアン西木

「先を読む才能」なんて無い。ただ、ズレてる場所に先に立って待ってるだけ。

引っ張られた輪ゴムの内側に群衆、外側に一人立つ女性の後ろ姿のミニマルイラスト

私は、期待値で生きている。

もう少し正確に言うと、「本来あるべき場所に、まだ無い」ものを見つけたら、そこに先回りして立って待つ。それだけをずっとやってきた。才能でも勘でもなくて、ただの一貫した癖みたいなもの。

この文章では、その癖がどこから来たのかを書いていく。

原体験:カード大国で見た9割、帰国して10%台

片手は軽やかにカードを掲げ、もう片方の手は硬貨と紙幣を握りしめる、二つの時代のお金の対比イラスト

学生の頃、アメリカを旅行した。

そこで一番驚いたのは、観光名所でも夜景でもなくて、会計だった。店でも、屋台みたいなところでも、みんな当たり前のようにカードを出す。体感で9割。現金を触った記憶がほとんどない。

で、帰国して日本で財布を開いたとき、違和感が体に残っていた。当時の日本のキャッシュレス決済比率は、たしか10%台。

同じ「買い物」という行為なのに、片方は9割、片方は10%台。

このとき、頭に浮かんだのは「便利だな」でも「日本は遅れてるな」でもなかった。

「このギャップは、必ず埋まる」

これだけ。理由は単純で、カードのほうが速いし、楽だし、記録も残る。優れているものが、劣っているものにいずれ置き換わるのは、感情ではなく物理みたいなもの。今10%台なのは、日本が特別なんじゃなくて、まだそこに到達していないだけ

到達していないなら、いつか到達する。だったら、その途中の坂道に、先に立っていればいい。

だから就活は、決済業界しか受けなかった

この確信を持ったあとの行動は、我ながら極端だった。

新卒の就活で、私が受けた会社は決済/キャッシュレスの業界だけ。他の業界は一社も受けなかった。周りが手広くエントリーしている横で、私は一本に絞っていた。

第一志望に入社

普通に考えたらリスクの高い賭け方だと思う。でも私の中では、賭けですらなかった。ギャップが埋まるのは決まっていて、あとはその流れの内側にいるか、外側で眺めるかの違いでしかない。

(実際、その後の日本のキャッシュレス化がどう進んだかは、みんなが財布で体感している通り)

15歳の株、18歳のFX、全部おなじ一本の線

大きく傾いた天秤の低い皿に一人だけコインを置きにいく人物、遠くで群衆が眺めているミニマルイラスト

この思考は、就活で急に手に入れたものじゃない。

私が株を始めたのは15歳。FXは18歳。ずいぶん早いねと言われるけど、やっていたことは、カードの話とまったく同じ。「上がりそうなものを当てる」ゲームじゃなくて、「本来あるべき水準に、まだ無い」ものを探すゲーム。

いちばん分かりやすかったのが、為替。私が18歳になる少し前、1ドルが70円台まで円高になった時期があった。あのとき、私には不思議で仕方がなかった。

「なんで、みんな外貨に換えないんだろう」

もちろん未来のことは誰にも分からない。でも当時の私の目には、円という一国の通貨が、あるべき水準からずいぶん強い側にズレて見えていた。だったら、割高に見える側から割安に見える側へ移しておく——少なくとも自分にとっては、期待値が傾いて見える立ち位置だった(あくまで私の見立て、の話)。

正直に言うと、当時の感覚は「18歳になるまで、この円高が続いててくれて感謝」に近かった。ギャップが開いたまま、私が動けるようになるのを待っていてくれた、みたいな。

結果として、その円高のあいだに取った立ち位置のおかげで、私は大学4年間の学費を、FXで賄うことができた。親孝行かどうかは別として、少なくとも「あるべき場所に、まだ無い」ものに賭けた最初の答え合わせとしては、じゅうぶんだった。

核:みんな、なぜ縮む側に立ちたがるのか

ここまでの話を、ひとつの比喩にすると、こうなる。

私がやっているのは、引っ張られた輪ゴムの、外側に立つこと。

ギャップが開いている状態は、輪ゴムをぐーっと引っ張っている状態に似ている。いつ手を離すのか、あるいはもっと引っ張るのかは、正直、誰にも分からない。私にも分からない。

でも、ひとつだけ分かることがある。引っ張られた輪ゴムは、いつか必ず縮む向きに動く、ということ。だったら、縮んだときに得をする側——つまり外側に、先に立っておけばいい。

なのに、私にはずっと不思議なことがある。

なぜ、みんな内側(引っ張られて縮む側)に立ちたがるんだろう。

理由は、たぶん分かっている。そっちに人が集まっているから。安心するから。 みんなが立っている方に立つと、間違えても一人じゃない。それはとても人間的な感覚で、否定する気はない。

でも、みんなが「当然」と言っている場所に、期待値は残っていない。ギャップは、みんながまだ「そんなの当たり前じゃない」と言っているうちにしか、開いていない。

引っ張られた輪ゴムの、縮む側に立つのは安心する。でも得をするのは、外側で待っている人。

タイミングは、当てにいかない

針がぼやけて読めない時計と、ピンと張られた輪ゴムを描いた、方向は決まっているが時刻は読めないことを表すイラスト

こう書くと、必ず聞かれる。

「じゃあ、いつ埋まるんだ。具体的な日を言え」

答えは、「知らない」

本当に分からない。私に言えるのは「10年もはズレたままではいないだろう」くらいの、ざっくりした感覚だけ。日付は当てにいかない。当てにいった瞬間に、これはただのギャンブルになる。

タイミングは、平気で前後する。たとえばリモートワーク。あれが広がるのは、私の中では前から「確実に来る未来」だった。ただ、実際にはコロナで、私の予想より5年くらい早く来た。

つまり、方向は読めても、時刻は読めない。5年早いことも、5年遅いこともある。

でも、タイミングはどうでもいい。

外側に立って待っていられるなら、それが3年後でも8年後でも、縮むときに得をするのは同じ。大事なのは「いつ」じゃなくて「どっち側に立っているか」だと思っている。

もうひとつの実例:私なら、その賭けの外側に立つ

同じ話を、もっと生活寄りの例で。

住宅ローンの金利。20年前に変動で組んだ人は、結果として、ずっと低い金利の恩恵を受けてこられた。これは事実。

ただ、ここ数年で新しく35年の長いローンを変動で組むかというと、私なら、そうしない。これはあくまで私自身の立ち位置の話で、他人がどうすべきという助言ではない。ただ私は、今の金利が長く先まで引っ張られた輪ゴムの内側に見えていて、だから自分は固定の側、つまり外側に立っておきたい、というだけ。

10年前に「私は固定1.5%以下で組むこと以外、考えられない」と言ったら、けっこう変人扱いされた。みんなが立っている側から見ると、外側に立つ人は、いつも少し変に見えるらしい。

締め:また毒を吐いた、という話

まとめると、私の判断はいつも同じ形をしている。

あるべき場所に、まだ無いものを見つける → 引っ張られた輪ゴムの外側に、先に立つ → 縮むのを、日付は決めずに待つ

キャリアも、為替も、働き方も、たぶんこれからのAIも、全部これでやってきたし、これからもそうする。

先を読む力なんて、私には無い。ただ、みんなが安心して集まっている内側を見て、「なんで、そっちなんだろう」と思うだけ。当たっているかどうかは、また20年後くらいに、答え合わせしよう

……と、また毒を吐いてしまった。まあ、いつものこと。


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